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更新 2026年10月24日

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個体記事

OSO18

2019〜2023年/北海道 標茶町・厚岸町

霧のかかった道東の牧草地を歩くヒグマのイメージ
イメージ画像です。OSO18を撮影したものではありません。

2019年から2023年にかけて、北海道の標茶町と厚岸町で、牛が次々とヒグマに襲われました。現場に残る足跡の幅から OSO18 と名付けられたその一頭は、4年のあいだわなにもカメラにもかからないまま、被害だけを重ねていきます。残された記録から、その経過をたどります。

いつ
2019年7月〜2023年7月
どこで
北海道 標茶町・厚岸町(捕獲は釧路町)
襲われた牛
最大66頭(うち32頭が死亡)
人の被害
なし
ヒグマ
オス・体長2m10cm・推定体重330キロ
終息
2023年7月30日 捕獲

幅18センチの足跡

2019年7月16日、北海道標茶町の下オソツベツ地区で、放牧されていた牛が襲われました。現場に残っていたのは、ヒグマの足跡でした。このとき測られた前足の幅が、18センチです。

被害が出た地名オソツベツの「OSO」と、足跡の幅の「18」。この二つを組み合わせて、このヒグマはOSO18と呼ばれるようになります。姿を見た人はほとんどいないまま、名前のほうが先にできあがりました。

体毛が結んだ、離れた被害

被害は標茶町にとどまらず、隣の厚岸町でも確認されるようになります。襲われたのは乳牛で、命を落とした牛もいました。

ただ、被害が出るたびに、それがOSO18の仕業だと分かったわけではありません。手がかりになったのは、現場に残された体毛でした。DNAを調べていくと、離れた場所で起きていた別々の被害が、同じ一頭によるものだと分かっていきます。

2019年から2023年6月末までに、標茶町と厚岸町で襲われた牛は最大66頭。うち32頭が死にました。被害は一年で終わらず、2019年度から2023年度まで、毎年度にわたって記録されています。

場所も一か所ではありません。最初の下オソツベツのほか、上茶安別、阿歴内、セタニウシ。標茶町のいくつもの地区に散らばり、そこから厚岸町へも広がっていきました。

記録に残る最後の被害は、2023年6月24日の上茶安別です。釧路町でヒグマが捕獲されるのは、そのおよそ1か月後のことでした。

夜しか動かないヒグマ

OSO18が牛を襲うのは、主に夜でした。捕獲用のくくりわなにはかからず、自動撮影カメラにもほとんど写りません。被害が分かるのは、いつもヒグマが去ったあとです。

その警戒心の強さは、夜間の発砲が原則として禁じられていることを知っているようだ、と評されるほどでした。牛のいる場所には現れるのに、人が構えている場所には出てこない。そういう一頭でした。

電気柵と、560日

夜の牧草地に張られた電気柵のそばを歩くヒグマのイメージ
イメージ画像です。当時撮影された写真ではありません。

牛に近づかせないために、牧場には電気柵が設けられました。あわせて、体毛を採るための仕掛けと、捕獲用のくくりわなも置かれます。北海道の依頼を受けた対策班の班長は、560日にわたって捕獲作戦を指揮しました。

それでも、OSO18は捕まりません。痕跡は残る。現れる範囲の見当もつく。姿だけが捉えられない。この一頭の追跡は、年単位の作業になっていきました。

なぜ牛が食べ物になったのか

そもそもOSO18は、なぜ牛を襲うようになったのでしょうか。その理由は、いまも分かっていません。

酪農学園大学の佐藤喜和教授は、シカの死体を食べ慣れたヒグマが、傷ついた牛に出会い、牛も食べ物になると学習したのではないか、と述べています。実際、OSO18は極度の肉食でした。標茶町周辺のヒグマは、食べ物の4割をシカに頼っています。

佐藤教授は、農業の規模が大きくなったことがヒグマの接近を容易にした、とも指摘しています。

釧路町の農地に現れた一頭

夜明けの、草を刈ったばかりの牧草地に立ってこちらを見ているヒグマのイメージ
イメージ画像です。当時撮影された写真ではありません。

2023年の夏、舞台が変わります。釧路町の農地に、一頭のヒグマが数日にわたって繰り返し現れるようになりました。7月28日の夕方にも出没が確認されています。しかも、人を見ても逃げません。

釧路町は、ヒグマが出没したときに使う「有害性判断フロー」という手順に沿って有害性を判断し、このヒグマを問題個体として、許可を受けて捕獲することを決めます。

2023年7月30日午前5時ごろ、釧路郡釧路町大字仙鳳趾村字オタクパウシ。町の捕獲従事者が、そのヒグマを捕獲しました。

捕獲された理由は、OSO18だからではありません。農地に居着き、人を見ても逃げなくなった一頭だったからです。このとき、それがOSO18だとは誰も考えていませんでした。

捕獲から11日後に動いたDNA

捕獲されたヒグマは痩せていて、顔には傷がありました。経過が動くのは、捕獲から11日後の8月10日です。釧路町はこのヒグマがOSO18である可能性に思い至り、標茶町を通じてDNAの調査を依頼します。

8月18日、道立総合研究機構の分析で、OSO18のDNAと一致しました。結果は8月21日に標茶町から釧路町へ伝えられ、翌22日、釧路総合振興局が発表します。

捕獲された個体は、体長2メートル10センチ、体重は推定330キロ。大きな体ですが、痩せて見えたと伝えられています。そして前足の幅は20センチありました。名前のもとになった18センチは、最初の現場で測られた数字です。呼び名の中の数字と、実物の大きさは、少しずれていたことになります。

4年の追跡は、追っていた側が気づかないうちに終わっていたことになります。

まとめ|4年間追われ続けたOSO18

2019年の最初の被害から、OSO18は標茶町と厚岸町で牛を襲い続けました。足跡と体毛から居場所をたどることはできても、姿だけは捉えられない。その状態が4年続き、最後は釧路町で、OSO18だと知られないまま捕獲されます。これだけ長く追われたヒグマの結末としては、あっけない幕切れでした。

なぜ牛を襲うようになったのか。なぜ数々の対策をすり抜け、4年ものあいだ捕まらなかったのか。分かっていないことは、いまも残ったままです。

ただ、この4年間の記録は「恐ろしいヒグマが一頭いた」という話では終わりません。人の生活圏とヒグマの生息域が重なる北海道で、被害をどう防ぎ、どう距離を取っていくのか。OSO18がいなくなっても、その問いのほうは残っています。

最初の被害から7年。OSO18が襲ったのは牛で、人が襲われた記録はありません。ただし同じ標茶町には、人がヒグマに襲われた記録が2件残っています。

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出典

この記事の書き方について(どこまでが事実で、どこからが筆者の想像か)

読み物として、事実の順序を整理し、背景を補って書いています。ただし、記録に残っていない人物の心情は書いていません。日付・場所・頭数・経過は、下の出典で確認できる範囲にとどめています。被害の頭数や体の大きさには推定が含まれ、牛を襲い始めた理由は確定していません。画像はAIが作成したイメージで、OSO18や実際の現場を撮影したものではありません。